1. はじめに
私は、ピッツバーグに来るまでの29年間、海外で生活をした経験がなく、ずっと日本で過ごしてきました。いわゆる「純ドメ」です。また、新卒以来6年間勤めた会社を退職しての私費留学です。ですので、この合格体験記が、特に純ドメの方、私費留学の方の助けや励みになれば幸いです。
留学を決意した日から早3年半。長かったようで、やっぱり長かった受験生活。なかなか伸びない英語力。次から次へとやってくる仕事の依頼。不安と苛立ちともどかしさの日々。そんな毎日を過ごしつつ、ようやく手にした合格通知。そして、ピッツバーグへ。
私は、大学卒業後、日系大手投資銀行に入社し、6年間一貫して日本企業の資金調達に関わってきました。常に何かしらの案件を執行し、海外市場でのオファリングや新スキームの構築等にも数多く携わり、振り返ってみれば、随分と色々な経験をすることが出来たと思います。ただ、私にとって、自分自身の成長はあくまでも志を実現するための手段です。我が能力を最大限高め、自分が愛してやまない日本の為に責任ある仕事をし、日本をより良い国にする、これが私が幼き日からずっと心に抱き続けてきた志です。その志を果たすために様々なアプローチが考えられる中で、私が想定している今後のアプローチを考えたとき、このタイミングで一旦会社を辞め、MBA留学をするということは、必要不可欠なことだという結論に達し、留学を決意しました。
そして、数あるビジネススクールの中からなぜTepperを選んだかというと、今後のキャリア形成を考えたときに、Quantitative Analysis, Management Science, Operations Management, Technology, Innovationといった分野を、是非しっかりと学んでおきたいと以前から思っていたところ、まさにTepperは当該分野においてパイオニア的存在であったからです。それに加えて、小規模なクラスサイズ、かつ、地元にMLBのチームがあるという条件を持っており、Tepperはその条件にも合致していました。
2. 出願スケジュール
2010年 5月TOEFL受験開始
2010年12月TOEFL受験(5回目)⇒スコア100
2011年 8月TOEFL受験(20+α回目)⇒スコアが出たため、終了
2011年 9月GMAT対策開始
2011年10月 GMAT受験⇒スコアが出たため、1回で終了
2012年10月 1stラウンドにて3校に出願
2012年12月 2ndラウンドにてTepperを含む2校に出願
2013年 2月 3rdラウンドにて3校に出願
2013年 3月 Tepperより合格通知受領
2013年 5月 3rdラウンド出願校1校辞退、1校より合格通知受領
2013年 6月Tepperに進学確定。
3. レジュメ・エッセイ
GMAT終了後から少しずつFECの木下先生と一緒に取り組みました。木下先生には、単に受験上のアドバイスだけではなく、自分の生き様や将来のビジョンを改めて見つめ直すチャンスを頂いたと思います。また、Tepperと私を結びつけてくれたのも木下先生でした。木下先生とエッセイのネタ出しと和文ドラフト作成を追えた後、9月からはネーティブの先生と英文でドラフトを作成し、推敲を重ねていきました。
4. TOEFL
純ドメの人間にとって、TOEFLは一番最初にぶつかる壁であり、かつ、最大の壁なのではないかと思います。私の場合はというと、やはりご他聞に漏れず、大変苦労しました。2010年4月に受験勉強開始し、2011年8月に受験を打ち止めるまでの間の受験回数はもはや正確には思い出せません。ただ、20回を越えていることは間違いないはずです。ちょうど、2010年12月に5回目の受験で100点ぴったりが出て以来、月2,3回のペースで受け続け、その後も100点は幾度となく越えるも、目標である105点には届かない日々が続きました。そして、2011年8月にようやく106点が出て、これ以上はもはや無理と判断し、TOEFL受験を打ち止めとしました。TOEFLに関しては、決してうまくいったとは言いがたいです。106点という点数も、自己目標である105点を一応上回ってはいますが、昨今の情勢から考えると、決して十分な点数とは言いがたいです。実際はTOEFLの点数が1点や2点違うかどうかなんて、ネーティブのレベルから比較したら誤差にもならないです。しかし、同時に、シビアな世界でもあるので、やはり取れるだけ取っておくに越したことはないのだと思います。
なかなか思うように点数が出ない日々が長く続いたため、正直言って、何度もやめたいと思いました。あぁ自分も帰国子女だったらなぁ、なんで自分の父親は自分が子供の頃に海外勤務してくれなかったんだ、と今考えると実にくだらないことを思ったりもしました。でも、その度に、そんなこといまさら言ったところで何も変わらない、ETSが同情して点数を5点追加してくれるわけでもない、そんなこと言ってたらいつまで経っても何も変わらないじゃないか、自分はそんな現状に辟易していたからこそ挑戦しようとしてるんじゃないのか、そんな声がどこからか聞こえてきて、一瞬自分の頭の中によぎった誤った考えを正してくれたように思います。それに、誰もTOEFLを受けろ、105点を取れなんて私に言ってません。点数が出ないと顧客や会社に迷惑を掛けるわけでもありません。別に誰も困らないんです。自分で勝手に決めたに過ぎません。続けるのも自分の勝手、やめるのも自分の勝手です。でも、自分はそれが出来ると思ったから始めたのであって、やりきる自信がないなら今すぐやめたほうがいい、自分で決めたことぐらい最後までやり遂げられる人間でありたい。挫けそうになりながらも、そんなことを思い、自分自身を奮い立たせ、なんとか受験を続けておりました。
5. GMAT
上述の通り、2011年8月末にTOEFL受験を打ち止めとしました。その後、9月にGMAT対策を開始し、翌10月下旬に受験しました。私費かつ純ドメということで、しっかり点数を取っておこうと思っていたため、昨今の目安である700点に若干の上積みをして、最低目標を720点に設定していました。練習でも比較的好調で、1回目から720点越えはほぼ間違いないと見て、非常にリラックスした状態で本番を迎えました。そして、それが奏功したのか、1回目の受験で750点が取れたため、受験は1回のみで終了としました。TOEFLではこっぴどくやられましたが、GMATに関しては意図した通りにことが進み、目標を上回る点数が取れたため、TOEFLでの苦労が帳消しになりました。
GMATでは、実際に仕事をする際に求められていた能力や頭の使い方が随分と活かされたので、やはりGMATという試験は一定の意味がある試験なのではと思いました。逆に言うと、そういったことをこれまであまり意識せずに仕事をされてきた方は、少し苦労する試験かもしれません。ネーティブと同じ土俵で戦う試験であり、かつ、ネーティブと雖も苦労する人がいる試験です。裏を返すと、英語の言語能力そのものをダイレクトに測る試験ではありません。GMATはビジネスマネージャーとしての資質を測るための試験だというところに、この試験で高得点を取るためのヒントがあるように思います。純ドメの方にとっては、英語力の低さを別の能力でカバーし、高得点を取るチャンスがこの試験にはあります。受験界でまことしやかに語られている方法論も、実際に高得点を取るという観点からすると、害になるようなものも多くありますので、その点はお気を付けください。
6. 推薦状
自分の能力、仕事ぶり、パーソナリティーを最も理解している人という観点から、当時の直属上司と、その前の部署の直属上司で入社以来お世話になっていた方にお願いしました。時期としては、2012年3月頃には留学する旨を内々に伝えて推薦状を出してもらうことをご了解頂いた上で、1stラウンド出願にあわせて、8月頃から実際の作成作業に入りました。私費の場合は、直属上司から推薦状を出してもらうことが難しいというお話をよく聞くので、私の場合は、非常に恵まれていたかもしれません。いずれにしても、推薦者の決定をなるべく早めにし、その方のご了解を得ておくことが大事かと思います。そうしておけば、出願の締切直前にばたばたせずに済みます。
7. インタビュー
前述のFECのネーティブの先生と、それまでの議論を踏まえて典型質問に対する回答を作成した後は、Cafetalkというサイトを利用して、フィリピン人のインタビューカウンセラーとスカイプで練習しました。過去にTepperへの合格者も出しており、Tepperのこともよく理解していたので、学校の特性に即した回答をすべく様々アドバイスもくれました。また、非常にプロ意識の高い人で、本当に親身になってくれました。コスト的にも非常にお安めでお得でした。
8. サマースクール
私費留学ということもあり、費用対効果を勘案し、サマースクールには行かず、プレタームが始まる約1週間前にピッツバーグ入りしました。こちらに来た当初は、サマースクールに行った方がよかったかもと少し思ったのですが、授業が始まって以降はあまり気にしなくなりました。アメリカでの生活に早めに慣れる、他の学校に友人を作りたい、そんな目的でサマースクールに参加されるのであれば、有益な気が致します。私費の方は、ご自身の予算と相談しつつ、費用対効果で決められるのがよろしいかと思います。
9. 最後に
私の受験生活は、本当にうまく行かないことの連続、苦労の連続でした。深夜に帰宅し、明け方まで勉強し、数時間仮眠を取って、またすぐに出勤という状況が続いた時期もあります。しかし、よく考えてみると、長い人生の中で、すべてが順風満帆に進んでいくなんてことはないのではないかと思います。少なくとも私のこれまでの人生はそうでした。うまく行かないことだらけです。仕事においても、最初から最後まで何も問題なく進んだ案件は一つもありませんでした。前に進もうとする限り、逆風は当たり前、どんなに完璧に準備したと思っていても必ず何かトラブルは起こる、そんなことは全て覚悟の上、取るべきリスクはしっかり取る、そんな気構えで受験に臨むことが出来るようになってから、何が起こっても、私はそれを楽しめるようになりました。この受験生活を通じて、私は自分の人生に対するコントロールを幾ばくか自分の手に取り戻せたような気が致します。ただ、本当の勝負はこれからだということを肝に銘じ、今後も引き続き研鑽を続けて参りたいと思います。